
やはりこれは珍事だろう。大阪のある方からメールで「楽篆堂の篆刻・般若心経を
真似て彫ったのだが、それを友人が欲しいと言っている。額装などの実費程度で
譲りたいが著作権上問題はないのか」という問合せだった。添付の画像を見れば、
まぁ見事にそっくりで、明らかに変えたのは「無」のひと文字くらい。篆刻の経験は
ほとんど無いが、印刀を自作し、腱鞘炎もどきになりながら1年がかりというから
脱帽もの。「ご自由に」と返事したが、模倣とオリジナルという問題提起ではある。
習字の練習法に大家や先生の書を真似る臨書がある。篆刻では「摸刻」という。
そもそも私の般若心経自体、多くの字体を徐三庚からいただいている。ただし、
それを分節ごとの印として文字を構成配置する布字の部分では大いに汗をかいて
いる。よってこの段階で、この般若心経は私の作品となるのだが、発表する時は
徐三庚を真似たと断りを入れている。今回は布字をせず、すべてが摸刻なので、
落款の前にせめて「摸 楽篆堂・般若心経」と書くのが作法ではと注文をつけた。
折しも、いま日経新聞の文化欄では『模倣からの創造』というコラムを連載中だ。
私もこの般若心経完成が自分なりの篆刻を探す起点になった。そろそろ楽篆堂
オリジナルの般若心経に取りかかるべきでは、と後ろを押されたような気がする。

mk君と学研都市のタイムドメイン社を訪ねて、由井啓之社長にお会いしたのは、
木津・井手町の地蔵院でしだれ桜を見た帰り道だった。音楽にもサウンドにも特に
興味のない私がタイムドメインlightを買うことになったのはmk君のおかげだが。
ドアを入ってすぐの試聴コーナーにはシャギーカーペットの上に、Yoshii9やlight、
miniが無造作に置かれている。そこで這いつくばってiPhonやiPadパソコンに
つなぎながら音自慢をする由井さんは、75歳だが子どものように純粋な人だった。
iPhonやiPadの音質が上がってきて、さらにYouTubeというフリー・コンテンツが
ある。音質と音源がやっとタイムドメインのスピーカーに追いついてきたという話も
素直に納得したが。もっと驚いたのは通称エノキダケというマイクのこと。1個25円
×2のマイクにケーブルを直付けしただけのもので、30年ほど前に由井さんが作った。
これがどれほど良い音かはYouTubeの「エノキダケマイク」でいろいろと確認できる。
さて、篆刻は「音」。去年6月の「音」をより字源に忠実に改造してみた。「言」は神へ
の祝祷を入れる器(サイ)と、偽りがあれば神罰を受ける意味の辛。それに神が
反応してサイが自鳴することが「音」。訪れとは、この「音づれ」が語源だという。
由井さんへの感謝の心を込めて彫ったものなので、小さな額に入れて差し上げた。

三游会は、篆刻の楽篆堂とカミサンが主宰する「野の花と遊ぶ、花の会」の共同展。
篆刻の方はアルミフレームのビスが届いてひと安心だったが。花の方はそれどころ
ではない。余りの寒さに、花のメインになる大壺用の桜が堅く小さな蕾のままだった。
案内ハガキの写真も青竹に桜だから、来られる方も桜に期待されているだろうに・・・
自称「百野草(ものぐさ)荘」の我が庭には、染井吉野から実生の山桜まで12本ある
のだが。ワラにもすがるような思いで毎日見上げたのは、早咲きの伊豆・河津桜。
その祈りが通じたのか、搬入・活込みの前日に2、3輪が開花した。庭の大壺に
切った枝を挿して翌朝運ぶ段取りだったが。朝見て驚いた。咲いた桜に霜が降りて、
真っ白。最悪、違う枝を切って活け替える覚悟で会場に運んだ。ありがたいことに、
その日は晴れて暖かかったので、活け終えて帰る時には、開いた花は生き返り、
他の蕾も開きはじめていた。翌初日は1分咲きになり、中日は3分、最終日は5分
咲きと絵に描いたような展開。氷室神社の奈良一番桜さえ咲いていないのだから。
百野草荘のご神木にしたいくらいの河津桜はカミサンがスーパーの花屋で買った苗。
カミサンは心からの感謝を込めて陸前高田の「桜ライン311」に募金を送った。篆刻は
今回出品した東北復興の合言葉「なじょにかすっぺ」。なじょにかすっぺで、桜も咲く!

アルミポスターフレームをご存じだろうか。シンプルなアルミ製の額縁。高級感は
ないが、写真やポスターなどを入れるには体裁がよい。生活必需品ではないが、
もし必要になった時は、ネット通販の「パネルデポ」をお勧めしたい。理由はある。
三游会に出品する篆刻は大きめの石に彫って、額装展示するのがメインなのだが。
額の中は白い紙に赤い印泥だけだから、ちょっと“色気”が欲しい。で、カラー写真と
赤い篆刻の組合わせを試みることにした。アルミフレームを検索して、適当に注文
した。さて、A3のプリントをフレームに入れるのに手間どった。フレームの四隅は
中の金具にビスで止めてある。その1辺をはずし、フィルムで写真を挟むのだが、
フィルムが静電気でホコリを吸う。こすれば余計にホコリが付くので、パソコン用の
エアーで表裏を吹き飛ばして。フレームを閉じようとビスをつまみ、「あァ面倒だ!」
と思った瞬間、ビスが落ちた。いくら探しても見つからない。フレームを恨んだ罰か。
こんなビス1本を買いにいく訳にもいかない。購入した「パネルデポ」に電話した。
着払いででもと頼んだのに「ビス1本ならメール便でお送りしますよ」と言ってくれた。
そして届いたのは、80円切手を貼った封筒に、ビス4本。篆刻は、三游会に出す
「安心」。ビス1本で安心したり、感激したりした私ですが。これっておかしいですか?

いまにして思えば、あれがバブルそのものだったのだろう。20年以上前に億ション
ならぬ「億邸」という不動産の販促広告をやった。関西の主な高級住宅地に7つの
敷地を用意し、関西を代表する建築家7人を選び、自由に家を建ててもらう企画。
建築家全員に同じ質問をした。「あなたは、この家に住む人の住みやすさとあなたの
作品性のどちらを優先させますか?」 7人が迷わず、「作品性だ」と言い切った。
さて、伊東豊雄といえば建築門外漢の私でも知っている。「アルミの家」で注目され、
「ミキモト銀座」など前衛的な造形で話題作を連発している。東北の高台移転でも
思い切った構想を提案する番組を見たが。仙台市内のプレハブ仮設住宅の脇に
「みんなの家」と呼ぶ簡素な小屋を建てたという。和室は4畳半のみ。24畳ほどの
大部分が土間で、大きな木製テーブルと薪ストーブの回りに仮設の住民たちが集う。
才能や手柄を競うことをやめて、住民の声を聞いたら、民家のような建物が出来た。
仮設住宅はお役所仕事の典型で、前衛建築はその対極。その真ん中に、昔からある
“民家の心”が生まれたのは、大いによろこぶべきことだ。千年に1度という地震と
津波でやっと気付いたのかという憎まれ口は止めよう。いま何かが始まろうとして
いるのだから、と古民家に住みながら思う。篆刻は、三游会に出品予定の「希望」。

もう、買うのはやめよう、読むのはやめよう、と思いながら、受賞会見をニュースで
何回も見たから、ついつい文芸春秋を買ってしまった。やっぱり、ガッカリだった。
芥川賞受賞作を読んだといっても、ここ10年で12作ほどだから、偉そうなことは
言えないが、それなりに“文学”を感じたのは2001年の玄侑宗久『中陰の花』まで。
『蛇にピアス』、『蹴りたい背中』は、ああそうですか。『介護入門』は、ご苦労様です。
『乳と卵』は、へえー。『ポストライムの舟』、『時が滲む朝』は作文。『乙女の密告』は、
そうなのー。『きことわ』は退屈。『苦役列車』はどこが苦役なのと、うんざりの行列。
そして今回の『共喰い』は、重厚を装ったエログロで、ラストの生理用品のくだりは
噴飯もの。強いて言えば『道化師の蝶』が中島敦を思わせる世界観を持っていたが。
石原慎太郎の選評、「言葉の綾とりみたいな出来の悪いゲームに付き合わされる
読者は気の毒というよりない」に同感。毎回失望の弁を書き連ねた気の毒な選考
委員としては、これを機に辞めるほかないだろう。まあ、しかし、たかが小説だから、
書くのも勝手、読むのも勝手。どちらも酔狂と思えば、腹の立つこともないのだから。
さて篆刻は「酔狂」。3月30日〜4月1日、奈良での三游会に出す作品のひとつだが、
これまた枠にヒラヒラまで刻んで、酔狂以外の何物でもない。いや、下手の横好きか?

最近は、朝まで風呂桶に水道をチョロチョロと出し続けている。石油給湯器は凍結
防止のために、ときどき風呂の水を循環させてくれるのだが、取説により安全の
ためと書いてあったからだ。ところが1月29日、福島第一原発では汚染水浄化
装置や冷却装置の14ヵ所で水漏れが見つかったという。この影響で4号機の冷却が
2時間弱停止した。「東電は気温の低下で水が凍結して膨張し、配管のつなぎ目が
緩んだり破損したのが原因とみている。主要な設備の配管に保温材を巻く対策を
進めているが今回漏水が見つかったのは、まだ作業ができていない場所だった。」
奈良県北東部で並みの人間がやっている凍結防止が、東北・福島の原発でできて
いない。仮設住宅でも、いま壁や床に大慌てで断熱材を張っているという。たしか
避難所の目の前に仮設住宅が出来上がっているのに、仮設住宅の協会の検査が
済まないからという理由で、うんざりするほど入居を待たされたのではなかったか。
検査とはこの仮設で人並みの暮らしができるかではないのか。背筋が寒くなる話だ。
古代中国でうまれた「寒」という文字は、屋内の人が敷物の上で草を積んで寒さを防ぐ
ことだというのに。いまこの国では寒ささえも、まともに防げない。いま日本を覆って
いる閉塞感の根源は、「こうすれば、こうなる」という想像力のあきれるほどの欠如だ。

朝食の最中に、いきなり「閉経」とか「セックスレス」の話が始まるNHKには面喰う。
どうも最近のNHKは変なのだが、それでも「クローズアップ現代」は、毎回ほとんどが
優れた内容だ。先日の「大津波を生き抜いた子どもたち」は30分の感動巨編だった。
あの3月11日、海から1キロほどにある釜石小学校の生徒180余人、その全員が
地震から30分後、15メートルの津波に襲われながら生き残った。糖尿で目の見え
ない祖母を連れて逃げた子がいる。義足の子は、友だちに命をあずけた。そうして、
すべての子どもたちは生き延びた。みんなはすでに下校していたが、外で働く親は
子を信頼して、探しに行かなかった。子も親の無事を信じて、自らの判断で行動した。
学校は常日頃から地震と津波には、とにかく高台に逃げることを教えていたという。
相手は自然だ、人が作ったハザードマップを過信するな。そんな教育が固定観念を
持たない子どものピュアな判断につながった。まずひとり一人がちゃんと生きること。
それがお互いの信頼の基本になる。結果として、守りあうことにつながるということだ。
今日の朝刊には、石巻市立の小学校で全校児童の7割が死亡・行方不明になった
ことを人災だったと謝罪した記事があった。子どもを生かすのも殺すのも大人なのだ。
篆刻は旧作「少年志気」。少年の志気を大人が妨げてはいないか。伸ばしているか。

喜多村寿信さんの住所印には、往生させられた。弟さんからの依頼で「俳句を
やるので」と名前を彫らせていただいたのだが。まず、これに苦しんだ。自分では
80点をやっと超えたと思い、彫ったのだが。その礼状の住所印が素晴らしかった。
軽妙にして洒脱、しかも深淵。こんな住所印を持つ方に、あんな篆刻を送ったことを
悔いたが。「寿信」の印は、いずれ再刻させてもらおうと、自分の中で勝手な整理を
して。自分の住所印が無かったから、寿信さんの住所印を目標にあれこれ試みた。
結局は足元にも及ばず、「暮らしの手帖」まがいの書体でお茶を濁すことになった。
東京の個展に来てくださり、会社を退いたので「これは名刺代わり」といただいたのは
『刑事コロンボ』の文庫本。「翻訳:喜多村寿信」に、またまた驚かされた。CM界では
大先輩と聞いていたが、もうこれは敵わない。住所印は、ご自分で書いたものを
彫ってもらったと知って、ただ平伏するしかない。そんな寿信さんが暮れに亡くなった。
すっかり気落ちした弟さんに聞くのもはばかられるので、検索した。ちょうど私より
10歳上。レナウンの、あの名作CM「イエイエ」を手掛けている。大林宣彦の映画に
役者としても出て、演劇界でも活躍した多能の方だった。何で、そういう人が70歳
半ばでこの世界から消えてしまうのだろうか。消えてはいけない人が、消えていく。

森日出男さんは、うつ病が治った時にお世話になったアルチザンの社長だったが、
その会社とは上下関係が嫌いな森さんが考えだしたフリーばかりの株式会社だった。
家賃、電気代、事務員の給料など必要経費を引いた残りをそれぞれが給料として
取ってしまうので、会社の利益が毎年プラマイゼロ、税務署が困る変な会社だった。
焼き鳥屋で挨拶兼面接みたいなことをしたが、基本的に来る者は拒まず、去る者は
追わずだったから、森さんからはイエスもノーも聞いた覚えがない。森さんの紹介で
大きなプロジェクトをもらい、結局はそれを持って独立した時だって、良いとも駄目だ
とも言わなかった。森さんはまるで宮崎駿のアニメの、霧の森の中の湖のようだった。
でも、森さん。深く、広く、大きな湖のような心で、関わったすべての人を受け入れて、
何があっても許して、すべてを飲み込んだのだろうけれども。誰からも敬愛されて、
だからお別れの会にあんなに多くの人が集まったのだけれど。まだ70歳そこそこじゃ
ないですか。背中が痛いから整形外科に通ったのに治らない。あんまり痛いからと
近所の医者に行ったら、「大変だ」と病院に搬送されて、末期のガンだったなんて。
迷惑をかけたばかりで、何の恩返しもできなかった私が言うのもおかしいけれど、
人が善いのにも程がある。死んだら、あなたの夢も、見果てぬ夢になったんだから。